水戸地方裁判所 昭和28年(行)12号 判決
原告 石川忠平
被告 茨城県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十八年四月十日附農地発第一五九号をもつて、茨城県稲敷郡朝日村大字実穀字寺子一五五三番の五畑一反五畝歩につきさきになした売渡処分を取り消した処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めた。
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求原因
(一) 茨城県稲敷郡朝日村大字実穀字寺子一五五三番の五台帳面の地目山林一反五畝歩はもと訴外菅谷六郎の所有で現況山林であつたが、昭和二十年四月、霞浦航空隊の隊員により開墾の上畑地として管理され、終戦直後原告が菅谷との間に使用貸借契約を締結し畑として使用して来たものである。
(二) 訴外茨城県稲敷郡朝日村農地委員会は、右の土地につき昭和二十四年一月十七、八日頃自創法第三条第一項第二号にもとずきこれを菅谷から買収する旨並びにこれを原告に売渡す旨の計画樹立の議決をなし(買収並びに売渡期日同年三月二日)同年一月二十日その旨公告し法定の縦覧手続を経た。
(三) 被告は右買収計画にもとずき買収令書を発行しこれを菅谷に交付しようとしたところ、受領を拒絶されたので、茨城県報に掲載して交付に代わる公告の手続をとり買収処分をなし、又前記売渡計画にもとずき売渡通知書を発行し次のような手続により原告に交付された。即ち昭和二十四年三月二十日頃朝日村農地委員会の係員が原告に対し口頭をもつて右売渡通知書は同委員会において保管しているから、代金を持参せられたい旨通知して来たので、原告は同委員会事務所におもむき通知書の交付をうけるはずであつたが、委員会の登記嘱託手続の便宜上からの係員の申出に応じ同書面は委員会に保管させることを約し右土地の対価金二百五十四円四十銭を支払つた。故に原告は右売渡通知書を現実に手わたされたわけではないが、それは一旦交付を受けて更にこれを委員会係員に交付することを省略したに過ぎないものであつて、所謂売渡通知書の交付手続は済んでいる。
(四) ところが被告は昭和二十八年四月十日附農地発第一五九号書面をもつて右売渡処分を取り消し、同書面は同年五月六日原告に到達した。
右取消処分は違法であるからその取消を求める。
二、答弁
原告の主張事実中、茨城県稲敷郡朝日村大字実穀字寺子一五五三番の五畑一反五畝歩がもと訴外菅谷六郎の所有で現況山林であつたが、昭和二十年四月霞浦航空隊の隊員が開墾の上畑地としたこと、右の土地について買収令書が発行せられ、原告主張のような経緯のもとに交付に代わるべき公告の手続がなされたこと、原告が右土地の売渡の対価の名目で金二百五十四円四十銭を支払つたこと、被告が原告に対し昭和二十八年四月十日附農地発第一五九号書面をもつて売渡処分を取り消す旨の通知をしたことは認めるがその余は否認する。右の土地については買収計画書並びに売渡計画書が作成されたことは事実であるが、原告主張の昭和二十四年一月十七、八日頃、実際に原告主張の買収計画並びに売渡計画が樹立されたという事実はない。即ち当時茨城県農地委員会から朝日村農地委員会に対し買収手続の促進方通達があつたので、同委員会の主任書記が前記の土地について買収計画並びに売渡計画の議決が成立していないのに、計画内容を記載した前記書面を作成したのである。そしてこの計画書を当時県農地委員会に進達してその承認を求めたので、同委員会は右計画書記載内容の買収計画売渡計画が樹立せられ、適法な手続を経たものと誤信してこれを承認し、被告は右買収計画書にもとずいて買収令書を発行したものである。しかし売渡通知書は作成されておらず勿論原告に交付されてもいない。
その後被告は買収、売渡手続について右のような欠陥がなく売渡通知書も原告に交付されたものと誤信して次の理由で売渡処分の取消通知を発したのである。元来前記土地は原告主張のように曾つて霞ケ浦航空隊の隊員が畑として使用していたが、終戦後は畑として使用されず、所有者たる菅谷六郎が松苗を植えたりして昭和二十四年初頃は現況山林となつていたものである。前記売渡処分取消通告書にも山林を農地として買収売渡をしたことが違法であるから取り消す旨記載されているのであるが、更に根本にさかのぼつて買収並びに売渡の計画そのものが適法に樹立されていなかつたものなのである。
以上のように買収並びに売渡計画は樹立せられておらず、売渡通知書が発行交付された事実もないから、原告は右取消処分の取消を求める法律上の利益を欠き本訴請求は棄却を免れない。
第三、証拠<省略>
三、理 由
被告知事が茨城県稲敷郡朝日村大字実穀字寺子一五五三番の五畑一反五畝歩なる土地につき、先に原告を売渡の相手方とし、売渡期日を昭和二十四年三月二日とする売渡処分がなされていたものとし、昭和二十八年四月十日附農地第一五九号書面を以て、右処分を取り消す旨原告に通知し、その通知書が同年五月六日原告に到達したことは当事者間に争がなく、右土地は地目山林であり、それが現況農地であるとして買収されたことを前提として右取消処分がなされたものであることは弁論の全趣旨によつて明らかである。
原告は右売渡処分の取消が違法であるからその取消処分の取消を求めるというのであるが、その取消を求め得るがためには、右売渡処分そのものが行政処分として不存在であつたり、無効のものであつたりしない場合であることを要するものといわなければならない。何となれば、もしその売渡処分なるものが存在しなかつたり無効であるという場合には、仮りに取消処分を取り消す判決がなされてみても、これによつて売渡処分が有効であると主張することができず、売渡処分の取消によつて自己の権利又は利益を侵害されたことにはならないのであるから、右取消処分の取消を訴求すべき法律上の利益即ち権利保護の利益を有しないからである。
ところで、証人宮本政一、野沢秀治、宮本学(各一部)入江徳器の各証言、成立に争のない甲第一、二、三号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると、朝日村農地委員会(現農業委員会、以下村農委と略称する)においては、自作農創設特別措置法による農地等の買収売渡の事務を行うに当り、従来相当ずさんな事務の運営が行われ、例えば買収計画樹立の事務について、まず書記が計画書を作成して買収の名宛人に交付し同人より異議の申出がなければ次の委員会で右計画書どおり計画を樹立したものとして承認することを議決し、適法な公告縦覧の手続をとらずに県農地委員会(以下県農委と略称する)に計画承認の申請をするというようなことが相当期間行われていたし、又売渡通知書が来てもそれを売渡の相手方に交付する手続をせずに保管しておき、売渡による所有権移転登記の嘱託をし登記ができてから売渡の相手方に交付するなどというやり方が行われていたものゝようであるが、本件土地について買収並びに売渡の計画が樹立されたと原告が主張する昭和二十四年一月十七、八日頃前後には、村農委が県当局より買収売渡事務の促進方督促されていた折柄でもあり、且つ村農委の委員の解任請求の手続が行われていたという事情もあつて、村農委の書記は、当時本件土地の買収計画書(買収の名宛人は所有者菅谷六郎、買収期日は昭和二十四年三月二日)及び売渡計画書(売渡の相手方は原告、売渡期日は買収期日と同じ昭和二十四年三月二日)を作成し、買収計画書の一通を菅谷に送付したが、右計画樹立についての村農委の議決は全然なされないまゝ、同年二月二十日頃県農委の承認を得るため計画書を県農委に送つたこと、県農委としては法規どおり買収売渡計画の手続が行われたものとしてこれを承認し、その旨村農委に通知したこと、村農委では知事の買収令書を菅谷六郎に交付しようとしたが、同人において受領を拒否したゝめ、その後県報に掲載され令書交付に代る公告がなされたこと(この点については当事者間に争がない)、けれども売渡通知書は全然作成されず、従つて又売渡の相手方としての原告に対する通知書の交付又は交付に代るべき手続も全然なされず、単に村農委より売渡計画に対する県農委の承認があつた旨原告に通知し、原告から買受代金名義で金二百五十四円四十銭を払込んだにすぎないこと、ところが一方買収の相手方たる菅谷六郎は買収計画書の交付をうけた当時口頭で村農委に対し買収に異議ある旨申し出たが、その後昭和二十四年十月中買収取消の陳情書を村農委に提出し、更に昭和二十五年八月「本件土地は現況山林であるのに村農委の書記が独断で委員の承認をも受けずに自分から買収し石川忠平(原告)に売り渡したものであつて、不法の買収であるから取り消されたい。」旨の陳情書を提出したので、同年十月六日の村農委の会議で審議した結果、現況山林であつたのを農地として買収したのは違法であるとして買収売渡の計画を取り消す旨議決し、その旨県農委に申告したので、県農委は右計画に対する承認を取り消し、被告知事は売渡通知書が原告に交付されていたものとして冒頭掲記のような取消通知をしたものであることが認められる。(前記宮本両証人野沢証人の各証言中右認定に反する部分は信用しない。)
以上の事実によると、本件土地について昭和二十四年三月二日を売渡期日とし、原告を売渡の相手方とする売渡処分なるものは、全然なされておらず、外形的にも存在しないものといわねばならない。しかも、前記のように買収並びに売渡の各計画樹立の議決がなされなかつたのであるから、仮りに売渡通知書が原告に交付されていたとしてみても、それは売渡処分としては当然無効のものであるこというまでもない。
してみれば、前説示の理由により原告としては、右売渡処分の取消処分の取消を求むべき法律上の利益を有しないものというべく、よつて原告の本訴請求はこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 石崎政男)